夜景FAN
夜景FAN

繁體中文

台湾最南部に残る「恒春古城」へ 日本ともつながる歴史と夜の4城門を巡る

台湾最南部に残る「恒春古城」へ 日本ともつながる歴史と夜の4城門を巡る
恒春古城 南門

 台湾旅行といえば、台北や九份、高雄、台南などを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし、台湾本島最南部の屏東県には、日本人にはまだあまり知られていない、訪れる価値のある歴史的な街があります。

 そのひとつが、台湾を代表するリゾート地・墾丁の玄関口にあたる「恒春(恆春)」です。

 恒春の街を歩いていると、現在の道路や住宅、商店が並ぶ街並みの中に、約150年前につくられた城門や城壁が姿を現します。「恒春古城」です。

 恒春古城は清代末期の1875年に築城が始まり、1879年に完成した城郭です。現在も東門、西門、南門、北門の4つの城門がすべて残り、城壁や砲台跡など、城郭を構成する遺構も一部が現存しています。

 しかも、その誕生の背景をたどると、日本ともつながりがあります。

 なぜ恒春にこれほど大規模な城郭が築かれたのか。そして、約150年を経た現在、夜の恒春ではどのような姿を見ることができるのか。

 今回は、台湾各地の夜景を巡ってきた中村勇太が、日本人にこそ知ってほしい台湾本島最南部の歴史夜景「恒春古城」を紹介します。

台湾本島最南部に残る貴重な城郭「恒春古城」

pic_hengchungucheng-dongmen06.jpg

▲ 城壁の上を歩くことができる

 恒春古城がある屏東県恒春鎮は、台湾本島南部の恒春半島に位置しています。現在は墾丁観光の拠点として知られていますが、この地域はかつて「瑯嶠(琅嶠)」と呼ばれていました。

 現在の恒春古城の建設が始まったのは1875年です。清朝から台湾へ派遣された沈葆楨の建議により恒春県が置かれ、台湾道の劉璈のもとで築城が進められ、1879年に完成しました。

 城郭には東・西・南・北の4方向に城門が設けられ、その周囲を城壁が囲んでいました。

 それから約150年。台湾の街が大きく姿を変えていく中でも、恒春には東・西・南・北の4つの城門がすべて残されています。さらに、城壁や砲台跡など、城郭を構成する遺構も一部が現存しています。

 恒春古城は、台湾の交通部観光署系の大鵬湾国家風景区によって「台湾に現存する最も完全な古城」と紹介されています。一方で、長い年月の中で城楼や城壁の一部は失われたり再建されたりしており、築城当時の姿がそのまま完全に残っているわけではありません。それでも、東・西・南・北の4城門をはじめ、城壁や砲台跡など、城郭の構成を現在の街の中でたどることができる点に大きな価値があります。

恒春古城誕生の背景には日本との歴史がある

pic_hengchun-old-city04.jpg

▲ 八瑶湾

 日本人にとって恒春古城をさらに興味深い場所にしているのが、築城に至る歴史です。その背景をたどると、恒春古城が築かれる4年前の1871年に起きた、琉球・宮古島の人々の遭難事件へと行き着きます。

 1871年、琉球王国・宮古島の人々を乗せた船が、那覇から宮古島へ戻る途中に暴風に遭い、恒春半島東岸の「八瑤湾」(現在の屏東県満州郷・九棚海岸付近)へ漂着しました。船には69人が乗っており、3人が死亡、66人が台湾へ上陸しました。

 上陸した人々は内陸へ進み、台湾原住民族・排湾族(パイワン族)の集落へ入りました。当時の恒春半島には「瑯嶠十八社」と呼ばれる排湾族の部落連盟があり、高士佛社や牡丹社もその中に含まれていました。

 漂流者は当初、排湾族の人々から食事を提供されるなどして迎え入れられたとされています。しかし、言葉や文化の違いなどから双方の間に誤解や警戒が生じたと考えられ、最終的に54人が殺害され、12人が生き残りました。この出来事は「八瑤湾事件」などと呼ばれています。

pic_guishan01.jpg

▲ 1874年に日本軍が上陸した、恒春半島西岸の社寮(現在の車城郷射寮一帯)を俯瞰

 その3年後の1874年、日本の明治政府はこの事件などを理由として台湾へ出兵。西郷従道が率いる日本軍が恒春半島へ上陸し、排湾族の牡丹社、高士佛社などとの間で戦闘が発生しました。現在の屏東県牡丹郷にある石門では「石門の戦い」が起こり、牡丹社の頭目・阿祿古(アロク)父子も命を落としました。1874年の一連の出来事は「牡丹社事件」、日本では「台湾出兵」などと呼ばれています。

 日本による台湾への軍事行動は、清朝の台湾政策にも影響を与えました。清朝は台湾の防衛と統治を強化する方向へ動き、台湾へ派遣された沈葆楨は恒春への設県と築城を進めます。

 そして1875年、恒春古城の建設が始まり、1879年に完成しました。東・西・南・北に4つの城門を設け、砲台や城壁、堀を備えた城郭が築かれました。

 1871年の八瑤湾事件、1874年の牡丹社事件、そして1875年の恒春古城築城。こうして歴史をたどると、現在の恒春古城がなぜ台湾本島最南部に築かれたのかが見えてきます。

 恒春古城は、単なる清代の古い城ではありません。日本、琉球、清朝、そして排湾族をはじめとする台湾の人々。それぞれの歴史が交差した19世紀後半の東アジア情勢の中で誕生した城郭です。日本人にとっても、決して無関係な歴史遺産ではないのです。

約150年前の城郭が現在の街に残る

pic_hengchun-old-city02.jpg

▲ 恒春古城 北門

 恒春古城を実際に歩いてみると、もうひとつ興味深いことに気づきます。

 城門や城壁が、街から切り離された遺跡として残されているわけではありません。

 南門の周囲には道路が通り、車やバイクが行き交います。西門の周辺には店が並び、東門や北門では城壁と現在の恒春の街並みを同時に見ることができます。

 約150年前につくられた城郭が、現在も人々が暮らす恒春の街の一部として存在しているのです。

 そして夜になると、4つの城門は照明によって浮かび上がります。

 南門では現在の街を行き交う車やバイクと城門が重なり、西門では飲食店が並ぶ街の中に古い城門が佇みます。北門では城門や城壁に加えて戦車のライトアップが目を引き、東門では城壁とともに古城の姿を感じることができます。

 同じ恒春古城を構成する4つの城門でありながら、それぞれ周囲の環境も夜の表情も異なります。

 ここからは、中村勇太が実際に巡った4つの城門を紹介します。

恒春古城 南門 ロータリーの中央に残る城門

pic_hengchungucheng-nanmen02.jpg

▲ 恒春古城 南門

 恒春古城の南門は「明都門」とも呼ばれ、かつて城内から南湾方面へ通じる交通の要衝でした。現在はロータリーの中央に位置し、4つの城門の中でも特徴的な存在です。

 城門を囲むように道路が通り、その周囲を車やバイクが行き交います。歴史的な城門が現在の交通の中に組み込まれ、恒春の日常風景の一部となっているのが南門の大きな特徴です。

 夜になると南門がライトアップされ、城門の周囲を走る車のライトや街の明かりが重なります。約150年前に築かれた城門と現在の恒春の街が同じ風景の中に共存する、南門ならではの夜景を楽しめます。

pic_hengchun-old-city05.jpg

▲ 恒春古城・南門の案内板。南門は「明都門」とも呼ばれる

 恒春古城を初めて訪れるなら、ぜひ見ておきたい城門のひとつです。

恒春古城 西門 グルメ通りに構える古城の門

pic_hengchungucheng-ximen01.jpg

▲ 恒春古城 西門

 「西門」は、恒春の街中に残る城門です。

 西門周辺には飲食店などが並び、歴史的な城門を見学するだけではなく、恒春の街歩きと一緒に楽しめるのが特徴です。

 城門の周囲だけが史跡として切り離されているわけではなく、現在の街並みの中に約150年前の建造物が自然に存在しています。

 夜になると西門が照明に照らされ、周囲の店や街灯の明かりとともに恒春の夜の風景をつくります。

pic_hengchun-old-city06.jpg

▲ 恒春古城・西門の開口部から望む、夜の恒春の街並み

 歴史を感じながら夜の恒春を歩き、そのまま周辺で食事を楽しむ。西門では、そんな街歩きもおすすめです。

恒春古城 北門 城門と戦車がライトアップされる独特の夜景

pic_hengchungucheng-beimen01.jpg

▲ 恒春古城 北門

 恒春の市街地中心部から北側へ進むと「北門」があります。

 北門では城門だけでなく、周囲に残る城壁にも注目です。街中に単独で残された門を見るのとは違い、城壁と一緒に眺めることで、恒春がかつて城壁によって囲まれた城郭都市だったことを想像できます。

 そして、夜の北門で特に目を引くのが戦車です。

pic_hengchungucheng-beimen03.jpg

 北門の近くには戦車が展示されており、夜になると戦車もライトアップされます。

 約150年前につくられた城門や城壁と、ライトアップされた戦車が同じ夜の風景に並ぶ光景は、4つの城門の中でも北門ならではです。

 城門、城壁、そして戦車。それぞれ異なる時代を感じさせるものがひとつの場所に集まり、独特の夜景をつくり出しています。

恒春古城 東門 城壁とともに古城の姿を感じる

pic_hengchungucheng-dongmen01.jpg

▲ 恒春古城 東門

 4つの城門の中でも、城郭としての恒春古城を感じながら歩きたいのが「東門」です。

 東門周辺には城壁が残されており、城門だけではなく、かつて恒春の街を囲んでいた城郭の姿を想像しながら見学することができます。

 恒春古城の城壁には、糯米糊や蔗糖漿、牡蠣殻灰などを用いた三合土が使われ、版築と呼ばれる工法で築かれました。現在の城壁にも、築城時に一層ずつ突き固めて造られた痕跡を見ることができます。

 夜になると東門と城壁が照明によって浮かび上がります。

pic_hengchungucheng-dongmen05.jpg

 また、私が東門を訪れた際には、城門周辺から恒春の伝統行事「搶孤」の会場がライトアップされている光景を望むこともできました。

 城門だけを点として見るのではなく、城壁を含めて歩いてみることで、恒春古城がひとつの城郭都市だったことをより感じられる場所です。

4つの城門を巡って分かる恒春古城の魅力

pic_hengchungucheng-ximen02.jpg

▲ 恒春古城 西門

 恒春古城を訪れたら、ひとつの城門だけではなく、できれば東・西・南・北の4つを巡ってみてください。

 南門では現在の交通と城門が共存する風景、西門では店が並ぶ恒春の街と歴史的な城門、北門では城壁と戦車のライトアップ、東門では城壁を含めた城郭の姿を見ることができます。

 4つの城門はそれぞれ離れた場所にありますが、すべて現在の恒春の街を構成する風景のひとつになっています。

 城門から次の城門へと歩いていくことで、かつて城壁に囲まれていた恒春という街の大きさや、現在の市街地との関係も見えてきます。

 そして昼だけではなく、ぜひ夜にも歩いてみてほしい場所です。

 照明に浮かび上がる城門や城壁と、その周囲で続いている現在の恒春の暮らし。その両方を同時に見ることができるのが、夜の恒春古城の魅力です。

日本人にもっと知ってほしい台湾の歴史遺産

pic_hengchun-old-city03.jpg

▲ 恒春古城のマップ

 恒春は、台湾旅行では墾丁へ向かう途中に通過してしまう人もいる街かもしれません。しかし、恒春古城の歴史を知ると、ここは単なる「墾丁への玄関口」ではないことが分かります。

 1871年の八瑤湾事件、1874年の牡丹社事件、そしてその後に進められた恒春の築城。その歴史には、日本、琉球、清朝、そして排湾族をはじめとする台湾の人々が深く関わっています。

 日本との歴史的なつながりがあり、現在も4つの城門や城壁などをたどることができる。それでありながら、日本人旅行者にはまだ広く知られていません。

 だからこそ、台北や有名観光地を巡るだけでは見えてこない台湾を知りたい人に、恒春古城を訪れてほしいと思います。

 昼に城壁や城門を歩き、夜には照明に浮かび上がる古城を巡る。約150年前の歴史と現在の恒春の暮らしが同じ風景の中に存在していることこそ、この場所の大きな魅力です。

 恒春古城は、日本人にもっと知られてもいい、台湾の貴重な歴史夜景です。

中村勇太

MONTHLY EVENT — 会いに行ける夜景メディア

夜景FAN編集長と一緒に、夜景を撮りに行きませんか?

夜景写真家・中村勇太が直接レクチャーする毎月開催の夜景撮影会。初心者歓迎・スマホ参加OK。

撮影会の詳細・申し込み

ライター情報

中村勇太

中村勇太

夜景写真家/夜景ジャーナリスト

日本夜景オフィス株式会社代表取締役。日本と台湾を取材する夜景写真家。夜景コンサルタント®。夜景情報サイト「夜景FAN」編集長。夜景撮影セミナー講師、ガイド・解説、テレビ・ラジオ番組出演、記事執筆、企画監修等、夜景に関することであれば何でもお任せ下さい。

対応可能な仕事

夜景撮影、執筆、解説・ガイド、講師、イベントの企画・監修

出演番組

日本テレビ「ZIP!」「ヒルナンデス!」、テレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」「じゅん散歩」、NHK「ひるまえほっと」など

このライターに仕事を依頼する

配信情報

配信日 2026年10月01日 00:30
更新日 2026年10月01日 04:00

前後の記事

前の記事 「Champagne Gold Illumination in UMEKITA」うめきたエリアで11月4日から開催、装飾LEDは過去最多の約51万球 「Champagne Gold Illumination in UMEKITA」うめきたエリアで11月4日から開催、装飾LEDは過去最多の約51万球

新着記事

夜景マガジントップへ

SNS Follow
SNSで夜景情報をチェック

Facebook Instagram X(旧Twitter) LINE公式

夜景・花火・夜桜・ライトアップ情報を発信中

夜景FAN
夜景FAN編集部 電話046-289-3258(営業時間10:00~17:00)
夜景FANは日本夜景オフィス株式会社が制作・運営しております
Copyright© 2026 YAKEI FAN. All Rights Reserved.